この銀杯には他に一連のバクトリアのものと思われる類似の三つの銀杯があります。
一つはメトロポリタン美術館レウ゛ィ・ホワイトコレクションの猟犬を使っての狩猟の場面が描かれているもの(M杯)、他の二つはルーヴル美術館(L杯)と個人の所蔵になるもの(A杯)ですが、ともに狩猟から引き揚げる場面が描かれているものと考えられます。
四つの銀杯に共通して、頭あるいは頸に紡錘型の宝飾品をつけた人物が登場します。彼等は他の宝飾品をつけていない人物とは区別されているようですが、これらの宝飾品は一種の身分の表現ではないかと思われます。
それを頭と頸につけた人物が登場するM杯では猟犬を鞭で山羊の群れにけしかけています。
それを頭だけにつけた人物が登場するA杯とL杯では共に狩猟から帰る場面で、L杯では牛に引かせた車を駆り、A杯では猟犬を先頭にそのすぐ後を鞭のような棒を持って歩いています。どちらもその後に獲物を運ぶ人物を従えています。
事実当時(紀元前三千年紀末〜二千年紀)の遺跡からは巨大な砦とその内部の神殿が見つかっていますし、多くの武器が発掘されています。
宗教的な祭主であるとともに強力な軍事的統制力を持った首長が存在し、その下にはいくつかの階層があったのでしょう。
彼等は牛にひかせた鋤で農耕を行い、車を駆り、家畜を飼い、狩猟を行いました。これらに描かれているものは一種の儀式的な狩猟であったのかも知れません。
これは重大な変化でした。それは北の方、ユーラシアステップから現われた先進文化だったと言われ、やがてオリエント世界を大統一するに至るイラン民族の先駆的存在に相当する遊牧のインド・ヨーロッパ系民族であったのではないかと考えられています。
・Pierre Amiet/ Iconographie de la Bactriane Proto- historique/ Anatorian Studies 33
1983 ; AU-DELA D'ELAM/ Archaeologische Mitteilungen Aus Iran Band19 1986
・Holly Pittman/ 'Silver cylindrical cup'in "GLORIES OF THE PAST" exhibition catalogue/
The Metropolitan Museum of Art 1990
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