ハッサンルー出土の金杯には神話的場面が描かれていますが、その中のひとつに日月の二神を従えた天候の神が牡牛の牽く戦車に乗っている場面があります。
その牡牛の口からは水が流れ出し一つの流れを形成しているかのようです。その牛に向かい、ひとりの神官と思われる人物が底の平らなマルリク型らしき杯を両手に捧げ持っています。彼の後には供物としての羊を一頭ずつ連れた二人の人物が控えています。
ここには牡牛は天候の神の使いで、水を供給するものとして考えられていたことが示されているのではないかと思われます。
カスピ海地方、マルリク周辺の遺跡からは多くの牡牛を象った注口付土器が発掘されていますが、あるいはこれも水を供給する者としての牛をあらわしているものかも知れません。これらはおそらく何等かの生命を与える水を入れる器を意味したのではないかと思われます。
マルリクから出土した、やはり立体に作られた頭部を持つ牡牛の意匠の金杯では、翼がその上半身に生え、生命の木に両脇からよりかかるように前脚をあげ後脚で立ち上がった牡牛が四頭あらわされていますが、丸彫りで表現された頭部を見ると、秀明杯は意匠化の傾向が強く一種の面取り表現に近いものがあるのに対して、より写実的な表現がなされています。
その毛並みの表現を見ても秀明の金杯とかなりの相異があります。むしろそのより意匠化された体躯の表現と、( 型の刻印 の連続で現された毛並みの表現はハ杯に大変近いものがあります。
牛の背中や四肢に彫られた太いJ型の装飾と、たてがみ(?)後端の巻毛の表現は、マルリク出土の金杯のユニコーン意匠と大変近似しています。
更に四肢につけられたJ型の房のような表現は、古くはメソポタミア紀元前三千年紀の円筒印章の人面牛などの後足及び、紀元前10〜9世紀とされる北西イラン由来の青銅製の壺の有角獣にも見られ、この一連の動物が超自然的、神話的な存在である事を示していると思われます。
牛の体にはこのJ型の窪みも含めて、角、目、耳、耳下の'もみあげ'、口の両端、蹄、尾の部分に窪みがありますが、貴石などなんらかの象嵌が施されていたのではないかと想像されます。当時の西アジアでは有色の貴石自体その色によって各々の意味を持たされていました。その貴石が多数象嵌されたと考えられるこの杯は正に呪術的に重要な役割を持っていた可能性が考えられます。
・Ezat O. Nagahban/ Metal Vessels from Marlik/ Myunchen 1983
・Erica Reiner/ Astral Magic in Babylonia/ 1995 Philadelphia
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