紀元前9世紀に、メソポタミアの北にウラルトゥ王国が興りました。それは紀元前二千年紀末に滅んだアナトリア半島のヒッタイト帝国の流れを汲むもので、アッシリアに対抗する有力な勢力となりました。
このペクトラル(胸飾)は半月型の形状の中にほぼ左右対象に生命の樹と有翼の靈獣や精霊が配されています。三つの枝付燭台の形状をした生命の樹は、その各々の枝に有翼獣をのせ、中央の樹の両脇に弓を引く有翼の、山羊魚、人魚、蠍型(?)の尾を持ったライオンなどが縦に配されています。
左右の樹の下には天体をあらわす上下のロゼッタ文に挟まれるような位置に精霊が跪き、シトゥラと毬果を持って清めの仕草をしています。生命の樹やこれらの魔物は紀元前二千年紀以来のメソポタミアの流れを汲んだものですが、ウラルトゥ特有の雰囲気をも持っています。
これらは守護の働きを託された図像であると思われます。アッシリアやウラルトゥの遺物にはこのペクトラルをつけた人物や精霊の表現が見られ、近似例とみなされる三日月型のペンダントには守護を願った願文が見つかっていますが、これは護符の性格を強く持つ装身具であったと考えられます。
護符としての記述が読み取れる三日月形のペンダントはKarmir-Blur(アララット山の北側) から出土しています。このペクトラルに見られるような特定の場面を指し示さない、ありがたい形象で構成される装飾は、青銅板などのウラルトゥ遺物に多々見られます。
この三日月形ペクトラルの両端には吊金具が上下二箇所リベット留され、その下のリベットのペクトラル表面に出た頭は、枝付燭台型の生命の樹の上端に付いたアカンサス形の中心部をなす半球形の意匠として適応されています。
・ed. E.A.Wallis Budge / Assyrian Sculptures in The British Museum / 1914 London Pls. XXIII-1(124549), XXX
・B. B. Piotrovskii / Urartu The Kingdom of Van and its Art / 1967 Evelyn Pls. II, 2, 12-b
・The Israel Museum , Jerusalem / Urartu / 1991 Jerusalem
|