これは紀元前8−7世紀頃の西イランで作られたものと考えられていますが、ねじ伏せられた一頭の牛の上で二頭の獅子が組み合っています。
獅子全体の意匠は当時のアナトリア、メソポタミアからイラン高原にかけ共通するものを持っていますが、とりわけこの銀器の獅子の臀部には小円を中心とした放射状の線が左進右退に渦巻く文様が刻まれています。
この動物につけられた文様は古くはエジプトの古王国時代(紀元前四千年紀中頃)から存在し、新王国時代(前二千年紀)には、太陽を支える獅子の肩に見られます。これが当時交渉の頻繁にあった、シリアなどの西アジアやアナトリア地域に伝わりました。
一方、メソポタミアを代表とする西アジアでは、太陽の象徴とも言われる、スウ゛ァスティカ(卍型あるいは逆卍型)が存在しましたが、この獅子の文様と混交していったことが考えられます。
このことは紀元前二千年紀後半から一千年紀前半のイランに、天体の象徴である菊花文様や卍型が獅子などの獣の肩部や臀部に表現されている意匠がしばしば見られる事からうかがわれます。
さらにこの二頭の獅子に踏まれた牛の臀部にも類似の文様を見ることができますが、中心の小円を欠き、獅子とは逆の方向に巻く小型の渦を示す―という明確な区別がなされている事から、この作品が作られた時点でもその象徴性が強く意識されていたものと思われます。
・R. Ghirshman/ Iran/ 1964 Mnchen pls.36, 91, 127; E.O. Negahban/ 1983 ibid. # 21, 57 ;
・William Culican / The Medes and Persians/ 1965 New York Pls. 14, 22, ;
・E. Porada / 1965 ibid. Pl. 24 ;
・J. Curtis/ Ancient Persia/ 1990 Cambridge pl.19 (BM134387) ;
・B.I. Marshak/ Silverschtze des Orients/ abb. 82-85;
・Phyllis Ackerman / A Survey of Persian Art/ Theran p. 789, Pl. 218;
・P.O. Harper & P. Meyers / Silver Vessels of The Sasanian Period I / 1981 New York Pl. 10, xiii;
・Koninklijke Musea voor Kunst en Geschiedenis / Hofkunst van de Sassaniden / 1993 Blussel Fig.86,pl.98;
・also see Shumei catalogue #57
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