亀山天皇は第九十代天皇、四十二歳の時に出家して金剛源と称した。禅宗に帰依し離宮を喜捨して禅寺となし、東福寺三世・無関普門を請じて開山とした。これが後の南禅寺である。金剛院切はもとは巻子本であった御詠集である。斐紙の料紙に金銀泥で雲・霞・草などの下絵を描き、歌一首三行書きとなっている。大きく太く書き始められて次第に細く小さくなっていく筆跡は、草混じりの女手を主とした穏やかなものとなっている。上下にもうけられた余白は料紙の美しさと詩の余韻を盛り立てる効果を出している。紀州徳川家伝来。
関連美術品
文保百首断簡(伝亀山天皇筆)