葦手源氏物語(胡蝶)蒔絵香箱 室町時代 図録解説
 長方形、入角の被蓋造の香箱で、やや甲盛で塵居を造り蓋鬘には玉縁をとって長辺には形刳の手掛をつけている。その身の側面には銅製鍍金の千鳥型の鈕金具が取り付けられている。
 蓋、身とも外側には密な流水文を平蒔絵で表し、甲にはだ太鼓をのせた竜頭鷁首と舵を取り棹をさす唐子風に仕立てられた童子を平蒔絵、高蒔絵と平文、銀截金や銀金貝で表している。この場面は、『源氏物語』第二十四帖の「胡蝶」を題材としており、この中で詠まれた和歌の文字のいくつかを銀の金貝として絵の中に溶け込ませている。このような手法は「葦手絵」と呼ばれ平安時代に発達したとされるが、蒔絵では中世の遺品などにその実例が見られる。
 蓋と身の内側は梨地とし、蓋裏と身の底に平蒔絵で磯、松、千鳥といった海賦文を表し、やはり歌文字が葦手文字として松や岩の線に隠されている。葦手文字は、蓋の甲に「う・ら」、蓋裏に「な・さ・れ」、身の底に「こ・し・に・せ・て・を・て」と読めることから、次のような歌のやり取りが表されていると考えられるだろう。
 紫の上から秋好中宮への贈歌
「はなぞのの 胡蝶をさへや 下草に 秋まつむしは うとく見るらむ」
 秋好中宮の返歌
「こてふにも さそはれなまし 心ありて 八重やまぶきを へだてざりせば」
 すなわち、蓋の甲を紫上の贈歌とし内側を秋好中宮の返歌とする粋なデザインとなっている。

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101 葦手源氏物語(胡蝶)蒔絵香箱