黒羅紗地破扇紋陣羽織 江戸時代 図録解説
 戦国時代から桃山時代において、実戦の場で使用された陣羽織は、第一に防雨、防風、防寒という目的に十分応えられる作りであった。と同時に、武将たちがそれぞれの個性を最大限に表すことが必然的に求められた時代において、型に囚われない自由で奇抜なデザインの陣羽織が数多く作られた。
 泰平の世を迎えた江戸時代においては、それら両面の特徴が次第に薄れて儀礼服化が進み、江戸時代も後期になると、本陣羽織に見られるような形に定型化していった。すなわち、袖がなく、前身の襟が大きく折り返り、太刀受け(肩章)が前身寄りにつけられるという特徴などが挙げられる。
 本陣羽織はそうした定型化のなかで作られたものでありながら、高級素材であった舶来の羅紗や銀襴を惜しげもなく使い、贅沢に仕立てている。さらには、背に切り付け(アップリケ)によって表した、黒地に白の破れ扇が際立っている。破れ扇という意匠は家紋の一つにもなっているが、ここでは装飾的な文様という傾向が強いように思われる。例えば、肥後細川家に伝来する桃山時代の「桜破扇散図鐔」(東京・永青文庫蔵、重要文化財)を彷彿させる。滅びゆくものにも美を見出す、日本人ならではの美意識である。

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