大涅槃図に描かれた動物たち 図録解説
本章では伊藤若冲の動植画のエネルギーにスポットを当て、その動物尽くしの源流ともいえる大涅槃図を紹介している。伊藤若冲生誕の少し前に描かれたこの涅槃図は、京都・錦市場に居を構える若冲の目と鼻の先、御所の東側に位置する清浄華院に伝来する。毎年二月の涅槃会には掛け降ろされ法要が行われていたとすれば、好奇心旺盛な若冲少年が見に行かないとは考えにくい。さらに言えば、銀閣寺にほど近い真正極楽寺にもほぼ同じ構図でより大きな海北友賢筆の涅槃図が伝存しているのである。こちらの涅槃図にも鯨をはじめとする海の生物までも描かれ、ここでは左に鯨、右に白象がその鼻を高く上げており、MIHO MUSEUMが所蔵する「象と鯨図屏風」(挿図1)を彷彿とさせる。
今回出品のエツコ&ジョー・プライスコレクション「鳥獣花木図屏風」(作品97)、静岡県立美術館「樹花鳥獣図屏風」(作品98)、清浄華院「大涅槃図」(作品96)を見比べていた辻惟雄館長はあることに気づいておもしろがっていた。それは、三者の唐獅子の表現がそっくりだったのだ(挿図2-4)。伊藤若冲の有名な「動植綵絵」(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)は、若冲が参禅していた相国寺の荘厳(しょうごん)、つまり「かざる絵」として「釈迦三尊」三幅対とともに寄進したものである。とすれば「動植綵絵」は、釈迦の涅槃をかざるこの動物尽くしを範として掛け幅で表現し、威厳ある「釈迦三尊」をかざる鳥獣花木の世界として描いたものではないだろうか。想像は大きく膨らんでしまう。
この涅槃図の動物たち、よく見ると微妙にタッチが異なることに気が付く。虎や豹、猫のように毛並みまで描いて妙にリアルなものは、当時輸入されていた実物の毛皮や書籍の図版などから写し取ったものであろう。また、六牙の白象や唐獅子、鳳凰など空想上の動物たちは仏画などから、そして実在するがタツノオトシゴなどは龍の子供のようである。普段食卓や市場で目にする鯛やウナギ、伊勢えびなどはよく肥えておいしそうだ。当時の画家がもつ新しい画題に対する強い興味としゃれた遊び心が感じられよう。今回、これらの動物たちの同定を、滋賀県立琵琶湖博物館の有志の方とともに挑戦してみた(挿図5、156・157頁)。それでもよくわからない動物もおり、ご存じの方がおられたらぜひご教示いただきたい。
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