呂洞賓とは八仙のひとりとして人気の高い中国の仙人。唐時代に実在した人物というが、鍾離権(雲房先生)について修行し仙人になったとされている。中国では『列仙伝』などで描かれるように、瓢箪を持ち背中に剣を帯びている図像が一般的であるが、南宋時代の作とされる《呂洞賓過洞庭図団扇》のように剣を持たずに波上に立つ姿に描かれる例も無いわけではない。しかし、雪村が描く一連の作品では、龍頭に騎った呂洞賓が手にした水瓶から龍を昇らせ、天空の龍と対峙する図像となっており、伝統的な中国画には見出せない。
 林進氏は、南宋の林庭珪・周季常等筆《五百羅漢図》や元時代とする伝顔輝筆《白描羅漢図》を例に、この特徴的な図像が羅漢図に由来することを指摘している。十六羅漢のうち龍を調伏する姿に描かれる尊者のなかには、たしかに、水瓶から龍を現出し、見上げる羅漢と上空の龍との対峙という構図がみられる先例が存在する。南宋の金大受筆《十六羅漢図》(東京国立博物館)の存在もこれに加えてよいだろう。
 呂洞賓を描くにあたって、羅漢図から発想して龍頭に騎り水瓶から子龍を昇らせるという新奇な図像にしたこと自体、雪村の独創といえる。同系統の呂洞賓図が狩野常信の《常信模本》には数点確認できるが、雪村以前に遡る原画は見当たらない。この図像が雪村にはじまることを示すものである。こうした特殊な図像について、これまでの研究ではテキストや逸話を特定するには至っていない。上記のように、図像の典拠が羅漢に求められる以上、仙術によって龍を伏するという解釈が一般的だが、林進氏は、呂洞賓が顎州黄龍山の晦機禅師に参禅し剣を飛ばしてついに悟った場面を象徴的に描いたものと解釈している。
 本展では三点の《呂洞賓図》を紹介する。大和文華館所蔵本では、自ら気を発しているかのごとく放射状にピンと伸びた髭、鋭い眼光、衣服を煽る強風、左右にうごめく波、といった破天荒な表現が見られる。こうした、まさに奇想と言うに相応しい独特の描写は羅漢図から学ぶことはあり得ず、それまでの仙人イメージを打ち破る雪村の独擅場である。
 ほか二点の個人蔵本は、ちょうど左右反転したような関係にあるヴァリエーションである。どちらも呂洞賓は身をかがめ不安定な姿勢をとって、上空の龍とはS字状に渦巻く構図をつくる。直線的な構成を持つ大和文華館本に比べて躍動感を創出している。大和文華館本は「雪村筆」の款記と白文楕円印「雪」、白文方印「周継」が捺される。個人蔵本は、「雪村図」の款記と白文楕円印「雪」、朱文方印「浮」、もう一点の個人蔵本は、「雪村図」の款記と白文方印「周継」が捺される。(古田)

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呂洞賓図