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短命の王妃,アルシノエ2世を表した愛らしいこの肖像は等身大をやや上回るが,他の大半の彼女の彫像と同様に,死後に作られたものであることがほぼ確実と思われる。仮面のような彼女の表現はそのためである。髪型はプトレマイオス朝のものであるが,その長さはティ女王のものであり,それはプトレマイオス朝の型に容易に改竄(かいざん)できたのである。上に垂れる二つの髪房の間に,うっすらとした幅広の襟飾の痕跡が見られ,その意匠も長さもティ女王が着けたものと同じである。その一番下の列は髪房の下端と一致している。プトレマイオス朝のものはもっと細い首飾で,髪はもっと長いものだった。
頭頂の粗い表面の丸い部分は,ティ女王の丸いモディウス冠(コブラが周りに配された冠)に相当する部分であったのだろう。それは削り取られ方形にされ,恐らくアルシノエのイシス冠とされたものであろう。なぜ プトレマイオス朝の工匠が彼らの王妃の像の制作に昔の像を用いたのか。昔の彫像を横領することはファラオの伝統的所業であった。例えば,ある場合は王は単に先代の大像に彼自身の名前を表すカルトウーシュを刻んだ。それは恐らく端的な経済的理由からであったと思われる。しかしこのアルシノエ像の場合は昔の女王の像を改造するのに大変な困難を伴ったのである。恐らくなんらかさらにその奥に存在する要素があったと思われる。その文化的歴史的祖先であるティ女王,その像から立ち顕れたアルシノエ像。その精霊は過去の王妃女神と結び付けられ,ついにエジプトの元来の神聖王妃,イシスそれ自身と結び付けるものではなかったのだろうか。