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2006年春季特別展
日本の美 三千年の輝き
ニューヨーク・バーク・コレクション
2006年3月15日(水)〜6月11日(日)

主催: MIHO MUSEUM、京都新聞社、日本経済新聞社、バーク・コレクション
後援: アメリカ大使館、滋賀県、滋賀県教育委員会、NHK大津放送局、びわ湖放送株式会社
協賛: 伊藤忠商事、NEC
協力: 日本航空

  昨年7月に岐阜会場から始まり、広島、東京会場を経て、いよいよ3月15日から「日本の美 三千年の輝き ニューヨーク・バーク・コレクション展」が MIHO MUSEUM で開催されます。昭和60年に初めて日本でバーク・コレクションが紹介されてから、このたびの展覧はちょうど20年ぶりとなります。
  バーク・コレクションは、在外日本美術コレクションの中でも、世界有数の質量を誇る個人コレクションのひとつとしてよく知られています。 多くの欧米コレクターによる日本美術コレクションの中では後発になる第二次大戦後の蒐集でありながら、戦前の日米が蜜月であった「古き良き時代」の芳香を漂わせ、東部富裕階級の家系をくむメアリー・バーク夫人の洗練された美意識によって、日本美の精華ともいうべき、上質で品格の高いすぐれた作品が蒐められ、日本美術史の流れを網羅するごとくコレクションが形成されました。

  このたびの特別展では、その膨大な数のコレクションの中から、縄文、弥生土器に始まり、奈良、平安、鎌倉の仏教美術、絵巻、墨蹟、そして桃山、江戸の絵画、工芸に至る116件が選ばれて展示されます(作品により会期中展示替えあり)。 再度里帰りを果たした作品もありますが、最近のコレクションも含まれた、全体の約6割が新たに日本で公開される作品となります。バーク・コレクションの懐の深さを再認識させられることにもなった、その芳しき美の世界をどうぞご堪能ください。  
弥生土器
弥生土器
弥生時代(3世紀)

   巾の広い複合口縁、その外側に三本ずつ棒状の突起が付き、胴下半部に最大の膨らみがくる形状は、二世紀ごろの南関東・東京湾地域の壺の特徴をよく表しています。底部は丸底となっています。

   弥生時代後期から古墳時代初期にかけて作られた、このような朱彩の大型壺は祭祀用具として用いられたと考えられます。 日本文化のあけぼのともいわれるこの時代の壺を、バーク夫人がコレクションのひとつに選んだことは、彼女の日本美術に対する見識と教養の高さ、そして日本美に対するすぐれた品性を示しているといえます。
阿弥陀三尊来迎図
阿弥陀三尊来迎図
絹本着色 南北朝時代(14世紀)

   西方浄土の主であり、無量光如来としても知られる阿弥陀が、雲に乗り脇侍をともなって三尊形式で来迎するさまが描かれています。 阿弥陀信仰では、阿弥陀の住む西方浄土は、仏教のあらゆる極楽の中でも最も美しいところとされ、阿弥陀は自らが住む至福の西方浄土へ人々が到達するのをただ待つのでなく、地上に降りて、時には力づくでも連れて行くとされています。

   ここでは膝を軽く曲げてやや腰を屈め、往生者を救い取るための蓮台を持つ観音菩薩と、同じく軽く膝を曲げ上体を往生者に傾けて合掌する勢至菩薩を先導に、来迎印を結ぶ立像姿の阿弥陀如来が雲に乗って来迎するさまが描かれています。阿弥陀如来の頭の後ろには円光がさし、そこから真っ直ぐ四方八方に射す仏光が金線で表され、肉身は三尊とも朱線で描き起こされています。 阿弥陀の袈裟は、条部、田相部ともに截金がふんだんに用いられ、後光の金線もよく残っています。 蓮台に緑青、背景に群青を塗るのは、来迎図にしばしば見うけられる手法です。
 
地蔵菩薩立像(快慶作)

地蔵菩薩立像(快慶作)
木造彩色切金 鎌倉時代(13世紀)

   地蔵菩薩は、釈迦が入滅してから五六億七千万年後、すなわち弥勒が出生するまでの長い期間、人びとを済度する役割を担っているとされます。それゆえ、菩薩でありながら剃髪した僧侶の姿をとります。平安時代以降、右手に錫杖を執る像が多くなったのも、この菩薩が浄土に住まず、この世に留まりつづけて遊行しているという信仰に基づくからに他なりません。

   本像は、剃髪し、体の正面から左肩を覆う袈裟(けさ)と、右肩から右腕を包む覆肩衣(ふげんえ)と呼ばれる衣を着け、左手に宝珠、右手に錫杖を執るという一般的な像容で、現世遊化という性格から左足を半歩踏み出して歩行の姿を表しています。引き締まった容貌、細身の体躯は、あたかも凛々しい青年僧を見るかのごとくです。

   ヒノキを用材とした寄木造で、刳りぬかれた目の部分にはその内側から水晶をあてて玉眼としています。そして特に注目されるのが、着衣に施された豊富な文様で、袈裟には切金(金箔を細く切ったもの)により、亀甲繋ぎ文、七宝繋ぎ文が、あらわされています。

   この像は解体修理の際、像内後頭部で確認された仏号により、仏師快慶の作であることがわかりました。生き生きとして若々しい容貌をもつと同時に、堅牢で自然な姿勢をした体躯に写実的で優雅な着衣をまとった像容は、快慶初期の作風をよく表しています。

   快慶の作品をはじめとする鎌倉時代の仏像にみられる高度で美しい着彩技法の典型が、この像には見出せ、それが魅力のひとつになっています。



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