
「十字架の道行き」という主題は本来、イエス・キリストの受難を死の宣告や磔刑など14の場面であらわす、伝統的なキリスト教的図像です。しかし本連作は、そのような逸話を描いたものではありません。
ニューマンの真のテーマは、その副題“レマ・サバクタニ(何ぞ我を見捨てたもう)”──十字架の上でイエス・キリストが叫んだとされる言葉──に隠されています。
「イエスのこの叫び。ドロロサの道を登っていく恐ろしい歩みではなく、答えのない問いである。・・・われわれとともに、イエス以来の─アブラハム以来の─アダム以来─の、かくも長く、始原の問いである。」とニューマンは述べています。この「答えのない問い」とは何でしょうか。彼は、奇しくも自身が生きている時代に到来した悲劇、アウシュヴィッツとヒロシマを経験した人類について、「ギリシャから二千年のちに、ギリシャ人たちの悲劇的な立場にとうとう到達してしまった」と考えていました。多木浩二氏は、“レマ・サバクタニ”は、「彼にとっては・・・みずからが作りだしてしまった暴力的世界に対して答えられない問いを突きつけられた人間の悲痛な叫び」だと主張しています。また多木氏は「彼は・・・八年の歳月をかけながら、こうした悲劇的世界をいかに絵画に固有な強度で超えようと努力するかが芸術家の仕事だと感じつづけていたちがいない。」とも述べています。(以上すべて鉤括弧内は、多木浩二『神話なき世界の芸術家─バーネット・ニューマンの探究』岩波書店1994年より引用。)